新生活309週目 - 「ペトロ、信仰を言い表す」

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Woodcut of the Augsburg Confession, Article VII, "Of the Church"
かつて私は「この岩の上にわたしの教会を建てる」という言葉を単純に信じた。その言葉はあったかも知れないし、なかったかも知れない。ローマ・カトリックはそれを原則として成り立っていて、しかもその正統性を独占しているように見える。カトリック教会はかなり腐敗したり、危うくなった時期もある。権威の独占に溺れたと考えて良いだろう。共観福音書が複数あるように解釈は複数あってよいのだろう。伝統に奢らず真実を追求し続けたら良いと思う

ICCの話

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International Criminal Court in The Hague, Netherlands
ICCは前途多難だと思うが、よりよい未来を導くための挑戦は継続してもらいたいと思っている。「重要なのは、これを国際的な『法の支配』の終焉の始まりとさせないこと」に共感する(あえて「日本と日本の皆様の支援が重要な鍵となるだろう」を削って引用したい)

新生活308週目 - 「カナンの女の信仰」

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Willem van Oordt - Een Kanaänitische vrouw smeekt Jezus haar dochter te genezen (Matteüs 15-21-28), Marcus 7-24-30)
マタイ伝では「この女を追い払ってください。叫びながらついて来ますので。」と弟子たちがうるさがっているが、福音のヒント(2)でも「実は22-25節のやりとりはマルコ福音書の平行箇所にありません」とあるようにマルコ伝では同様の記述はない。弟子たちのイエスへの気遣いはある意味で醜い

安倍晋三回顧録

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安倍晋三 回顧録 安倍晋三 著/橋本五郎/尾山宏 聞き手/北村滋 監修
回顧録を読むと、本当に彼は自分がやるべきと思うことを現実主義的に追求した人なのだろう。それはそれで一つの生き方だと思う。歴史が彼をどのように扱うことになるのかは予断を許さない

新生活307週目 - 「湖の上を歩く」

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Jesus walking on water. Armenian manuscript. Daniel of Uranc gospel.
ペトロが「主よ、あなたでしたら、わたしに命令して、水の上を歩いてそちらに行かせてください。」は並行個所にはないが、この話は本当にあったかも知れないと思っている。重要視しているのはペトロが希望したという点である。善いことを実現するにも一定の能力が必要となる。ペトロはそういう能力を獲得したいと願っただろう。水の上に一歩を進め、助けを得たとはいえ沈まずにすんだのは素晴らしいことだ