新生活188週目 - 「イエスはまことのぶどうの木」 画像 「わたしにつながっていなさい」というワードでGoogle検索すると、説教記事が無数に出てくる。とても印象的だが、恐らく史実に基づく伝承ではなく、ヨハネ伝編集者の創作だろう。イエスはこのような意味の発言を行ったかも知れないが、教団強化の視点が透けて見える。 タグ キリスト教 新生活188週目 - 「イエスはまことのぶどうの木」 の続きを見る
新生活187週目 - 「イエスは良い羊飼い」 画像 イエス様は私を守ってくださるという信仰は単純で力強い。この箇所は信仰告白を促す力強さがある。 タグ キリスト教 新生活187週目 - 「イエスは良い羊飼い」 の続きを見る
新生活186週目 - 「弟子たちに現れる」 画像 自分に働きかけるイエスが本物かどうかは、聖書に当たる他無いし、聖書のテキストにも相互矛盾があって安易に信じることはできない。その上で、多数の先達が福音を述べ伝えてきて今もキリスト教は生き残っている。とても不思議なことだ。 タグ キリスト教 新生活186週目 - 「弟子たちに現れる」 の続きを見る
神の約束とヤコブの旅 画像 創世記は面白い。自由学園高等科の修養会で皆で読み切ったのを思い出す。心躍る強さの物語だ。しかし、どう考えても作られた物語で意図的な操作が入っている。操作が入っているのには理由があり、それを念頭において読まないと選民思想の罠に堕ちてしまう。選民思想の呪縛からの開放が自由の源泉となる。しかし、自由を求めることへの誇りが新たな選民思想の罠となるから世の中はままならないと思うのである。 タグ キリスト教 神の約束とヤコブの旅 の続きを見る
新生活185週目 - 「イエス、弟子たちに現れる」 画像 今週は、渡米を予定しているのでTissotの絵を見にブルックリン美術館に寄ろうと思ってちょっと知らべてみたら、かつてイベントで展示していただけで、現在展示されているものは無いようだ。それでも、時間が許せば寄ってみようかと思っている。 タグ キリスト教 新生活185週目 - 「イエス、弟子たちに現れる」 の続きを見る
なぜ人は自分が差別する人に堕ちていることに気が付けないのか 私は、佐分利氏にも金井氏にも悪意はないと思っているが、やっているのは悪魔の所業である。 タグ キリスト教 なぜ人は自分が差別する人に堕ちていることに気が付けないのか の続きを見る
新生活182週目 - 「ギリシア人、イエスに会いに来る~人の子は上げられる」 画像 共観福音書は基本的に同時代の人間から見た史実の記述であるのに対し、ヨハネ伝は意味から再編集した(教会運営に資する形で改ざんされた)正史のようなものだと考えて良いと思う。ある正統を主張する派閥の解釈として読めば良い。 タグ キリスト教 新生活182週目 - 「ギリシア人、イエスに会いに来る~人の子は上げられる」 の続きを見る
新生活181週目 - 「イエスとニコデモ(後半)」 画像 ヨハネ伝だけに出てくるニコデモという話は、ここだけでなく3箇所全部を読んで像を結ぶようになる。実在の人物かはわからない。私はどちらかといえば懐疑的だが、ニコデモのような人は存在しただろう。ヨハネ伝は理性の外側にあることを理性的に書けると思わせるような危うさがあり、最近はどうも素直に受け取ることができないでいる。 タグ キリスト教 新生活181週目 - 「イエスとニコデモ(後半)」 の続きを見る