1619年プロジェクト(下)

1619年プロジェクト(下)読了。下巻を読み終わってから上巻の読書記録を読み返すと、自分の理解の甘さを思い知らされた。

まだ過去の話ではなかったのだ。自衛の章、刑罰の章で改めて公権力が公平でないことを思い知らされ、相続の章では成功者が殺され、ビジネスも資産も略奪されたケースに触れられている。あんまりだと思うが、日本でも日本人属性に欠けがある成功者への目は冷たい。明らかなテロ行為もあるし決して他人事ではない。こういう事例に多く触れれば被差別側は当然不満を抱く。人によっては復讐心に燃えるだろうが、編著者のニコール・ハナ=ジョーンズ氏のように冷静に公平な人権の確立に向けて努力する人もいる。医療、教会、音楽、健康保険、交通の章では非差別側の絶望が迫ってくるだけでなく、医者や牧師のような十分な教育を受けた人であっても黒人を踏みつけにできることを明らかにしている。自分が生き残って強くなるためなら人権など気にしていられないという空気は侮れない。政治と金問題と通底する面もある。その気持(強欲)が理解できないわけではないが、被差別側からしたらたまったものではない。それで命が奪われることも少なくないのだから、倫理的に許されてよいわけがない。

進歩の章では、公平に向けて一歩を踏み出そうとした白人政治家が暗殺されるような話も出てくる。よく考えれば明らかに不当な搾取の上に自分たちの富や権威が形作られてきたそのスキームを壊すことは許せないと考える人は少なくない。日本の家父長制の存続、あえて踏み込めば天皇制の維持の主張も似たようなものだ。支配、被支配の構造に依存する社会はやがて滅ぶ。

終章の「正義 ニコール・ハナ=ジョーンズ著」の最後には「我々は救済されたいと思うのならば、正しいことをしなければならない。結局、我々はアメリカ建国時の壮大な理想に従って生きなければならなのだ。」と書かれている。その直前に「真に偉大な国家は道徳的罪に対峙し、それを矯正しようとする。」ともある。この我々を「我々黒人」と読むか、「我々アメリカ市民」と読むべきかはわからないが、「真に偉大な国家は道徳的罪に対峙し、それを矯正しようとする。」は全ての社会で規範とされて良いだろう。政治と金、統一教会問題から目をそらさせる解散を決断し「日本列島を、強く豊かに。」などと主張することなど笑止千万である。

黒人の中にも、白人との支配・非支配関係を逆転させたいと考える人もいることも書かれているが、ハナ=ジョーンズ氏もオバマ氏もそういう考え方には与しない、人権視点で正しいことをしなければいけないと考えている。革命家や力に頼る人には生ぬるく見えるかも知れないが、長期で見ればその道以外を選択することはできないだろう。

白人だって世界人口で見れば過半ではない。ましては日本人はざっくり世界人口の80分の1しかいない。米国の黒人差別を反面教師として学びつつ、改めて誰一人取り残さない社会を目指していくのが得策と言えるだろう。

米国保守派にとっては耐え難い書籍かも知れないが、事実に向き合う以外に持続性を確保することはできないことを教えてくれる書籍だと思う。この書籍を読めば偽物の愛国心に煽られることの恐ろしさに気がつけるかも知れない。

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