今週も福音のヒントに学ぶ。今日の箇所は「年間第3主日 (2026/1/25 マタイ4章12-23節)」。3年前の記事があり「マタイ伝ではイザヤの預言の成就と伝えているが、マルコ伝、ルカ伝ではその記述はない」と書いている。並行箇所はマルコ伝1章、ルカ伝4章。イエスがガリラヤに戻ったという記述はヨハネ伝4章にもある。
福音朗読 マタイ4・12-23
12イエスは、ヨハネが捕らえられたと聞き、ガリラヤに退かれた。13そして、ナザレを離れ、ゼブルンとナフタリの地方にある湖畔の町カファルナウムに来て住まわれた。14それは、預言者イザヤを通して言われていたことが実現するためであった。
15「ゼブルンの地とナフタリの地、
湖沿いの道、ヨルダン川のかなたの地、異邦人のガリラヤ、
16暗闇に住む民は大きな光を見、死の陰の地に住む者に光が射し込んだ。」
17そのときから、イエスは、「悔い改めよ。天の国は近づいた」と言って、宣べ伝え始められた。
18イエスは、ガリラヤ湖のほとりを歩いておられたとき、二人の兄弟、ペトロと呼ばれるシモンとその兄弟アンデレが、湖で網を打っているのを御覧になった。彼らは漁師だった。19イエスは、「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」と言われた。20二人はすぐに網を捨てて従った。21そこから進んで、別の二人の兄弟、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネが、父親のゼベダイと一緒に、舟の中で網の手入れをしているのを御覧になると、彼らをお呼びになった。22この二人もすぐに、舟と父親とを残してイエスに従った。
23イエスはガリラヤ中を回って、諸会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、また、民衆のありとあらゆる病気や患いをいやされた。第二朗読 一コリント1・10-13、17
10兄弟たち、わたしたちの主イエス・キリストの名によってあなたがたに勧告します。皆、勝手なことを言わず、仲たがいせず、心を一つにし思いを一つにして、固く結び合いなさい。11わたしの兄弟たち、実はあなたがたの間に争いがあると、クロエの家の人たちから知らされました。12あなたがたはめいめい、「わたしはパウロにつく」「わたしはアポロに」「わたしはケファに」「わたしはキリストに」などと言い合っているとのことです。13キリストは幾つにも分けられてしまったのですか。パウロがあなたがたのために十字架につけられたのですか。あなたがたはパウロの名によって洗礼を受けたのですか。17キリストがわたしを遣わされたのは、洗礼を授けるためではなく、福音を告げ知らせるためであり、しかも、キリストの十字架がむなしいものになってしまわぬように、言葉の知恵によらないで告げ知らせるためだからです。
今日の最初の部分は「イエスは、ヨハネが捕らえられたと聞き、ガリラヤに退かれた。そして、ナザレを離れ、ゼブルンとナフタリの地方にある湖畔の町カファルナウムに来て住まわれた。」である。恐らくイエスはナザレ生まれでナザレ育ち、洗礼者ヨハネに会いにエルサレムのはずれのベタニアに行ったのではないかと思われる。150kmほどの距離。そこで、決意を固めて、伝道の起点としてカファルナウムを選んだということだろう。ナザレの当時の人口は、500人に満たなかったようなので、あまりに小さい。当然、子供の頃のイエスのことや家族のことはよく知られていただろうから、突然神がかったことを言い始めても指示される可能性は低い。カファルナウムも当時の人口は1,500人位だったと推定されているので、小さな街と考えて良いだろう。ナザレ、カファルナウム間は50km弱で近くはない。ペトロはカファルナウムに住んでいたようなので、ペトロを頼って引っ越したと考えることもできる。
気になるのは、イエスとペトロと洗礼者ヨハネの関係である。洗礼者ヨハネの父ゼカリアが同時にマリアの保護者でヨセフに嫁がせたと考える説がある。ペトロはヨハネ教団に属していたという説もある。ヨセフもペトロの父も土地の有力者であったと考えられ、息子をエルサレムを経験させる経済力があったのだと思う。恐らく、ペトロの家の方がより富んでいたのだろう。ペトロとイエスがベタニアで出会った可能性もあるが、洗礼者ヨハネからカファルナウムにペトロがいることを教わったのが起点で訪問した可能性もある。ヨハネが逮捕されたというニュースをペトロにもたらしたのがイエスであった可能性もある。
エルサレムの祭司とつながりがあるヨセフや地元網元などの有力者の推薦があれば、諸会堂でスピーチをすることもできただろう。ヨハネ教団の純潔さの噂は関心を引いた可能性は高いだろう。環境はそれなりに整っていたと考えることはできる。
しかしながら、イエスの教えに力がなければ一過性のイベントにしか見てもらえなかっただろう。少なくない人が、傾聴に値すると評価して事態が動き始めたと考えるとすっきりする。言う事全部がそのまま受け入れられたわけではないのは福音書を読めばわかるが、そこに新しい本物の教えが含まれていることは感じられたに違いない。
どれだけ治癒奇跡が起きたかはわからないが、民に希望は生まれた。国も独立が失われている中、宗教指導者への信用はそれほど高くなかっただろう。生きる力を高め、権力者に従うとしても、自助、共助で良い社会を作ろうと考えた人たちの行動が変わった。時代が変わると信じた人の内の少なくない人が現実を見ることができなくなったと思うが、そういう動きには持続性はない。数年で変わる、自分の生きている内に変わると考える世代から一世代、二世代経過した頃に簡単には変わらないが、必ず変化は起きてやがて社会が良くなるという落ち着いた考え方に変わっていったのだろう。
改めて今日の部分を読み直せば、今の信徒も、背景はどうあれ、受洗のタイミングでは稼ぎ中心、家族優先を捨て、イエスを信じた。言い換えれば、政治的権力者より、真理に従う覚悟を決めたということになる。真理を正義と考えると持続性はないが、真理を愛におくとじわじわと実現に近づいていく。良いことは必ずできると信じることのはじめは信仰に入ることだ。初期の弟子たちにも迷いはあっただろう。しかし、自分の経験を振り返って語るとすれば、「網を捨てて従った」が彼らの真実であったのだろう。それは現代の入信でも変わらない。事後に道に迷うこともあるかも知れないが、愛の道を歩むと告白した事実に立ち返ることはいつでもできる。
福音のヒントには、「ここでは「すぐに」ということと「何もかも捨てて」ということが弟子の理想の姿として描かれています。自分自身のことを考えると戸惑いを感じるかもしれませんが、わたしたちの中でもどこかでそのような経験があったのではないでしょうか。」と書かれている。「何もかも捨てて」という解釈もあるが、「網を捨てて従った」は金のために生きることを捨ててという意味だと私は思っている。だからといって、儲けることは悪という教えを説いたとは思えないし、霞を食って生きていくことはできない。大事なことを見つけたら、そこを中心に据えて人生を歩むのが良い。
立ち返るということはどういうことかに対する解として第二朗読は示唆に富む。信仰は牧師や神父に従うことはではないのである。どこぞの牧師のように教会総会の決議に反したことを誤魔化すような者に従って判断を曲げてはいけない。真実に従って生きることが求められている。真実に従わない集団に持続性はない。それでも、救いは常に悔い改めて立ち返ることが許されているところにある。長期で見れば、愛は弾圧に勝る。
※画像はペトロの実家跡地に建てられたとされる教会。